きっと、自分が寂しいと思う数と
同じ数だけ相手にも寂しい思いを
させているのだろう。
そして、接点が定まると貪るように
抱き合う。
一瞬の快楽の熱さは、
自分という人間の総てが
そこにあるような気持ちになる。
それは大抵二つの味がセットになっている。
求める味と味わいたくない味。
自由と孤独のように。
恋愛もそう。
お互いを求め合い、味わい合い、
気がつけば味わいたくないものに直面する。
だけど、それでも離れられないのは
やっぱり人の心。
人の顔に表と裏があるように
陽の当たるのが「夢」で
陽を与えられないで息を潜めているのが「欲望」
でも、この二つは平行線ではない。
やがて交わることになる。
「欲望」と「夢」は、
人が無理矢理引き離した「一つ」だから。
本当に求めているのは
「自分の姿」そのものだから。
その空は必ずしも青いとは限らない。
だけどそれはたいしたことじゃない。
何故なら、人は自由だから。
やりたいことをやりたいようにできる力を持つ生き物だから。
空の色に脅されてはいけない。
気にかけなさ過ぎは冷たさの象徴。
きっと50/50が良いのだろう。
自分が機械だったら、
きっちりとその場所で線が引けるんだけれど。
血が流れていると、そううまくはいかない。
女は肉体を許す男を選ぶ。
そして、交わりが生まれる。
簡単な交わりが氾濫しているこの世界の中でも、
難しい交わりの価値は薄れることはない。
本当の交わりは、転がってはいない。
色を変え、形を変え、
その時の感情を素直に表す。
だから、好きな人の性器は
愛おしく感じる。
その色と形を嬉しく思う。
その顔をいつでも見たい。
本当はそれが表の顔だから。
たまに仕事の帰りに送ってもらっているだけ。
10才近く年下の彼にとってはほんの少しのデートの時間。
だけど彼はそれで満足していない。
それでもどうすることもできない。
伝えたけれど、本気にされないから。
それでも毎日顔を合わせなきゃいけないなんてね。